まともに答えようともせず、それどころか質問に質問で返してくる。まるで、親の小言に生意気な屁理屈で応戦する中学生ではないか。
こちらが必死に悩んで悩んで聞いているというのに、何だと思っているのだ? なんか、ものすごく腹が立つ。
冷静を保とうとしても、どうしても気持ちが昂ぶってくる。
「どうしてわかるんですか? 霞流さんこそ、私の何をどれだけ知っていると言うんですか?」
「わかるさ」
それはまるで、自分に言い聞かせているかのよう。
あの時もそうだった。嵐山の旅館で智論と対面した時。美鶴が慎二に好意を持ってしまったらどうするのかと、傷つくのは美鶴だと言い張る智論に、慎二は答えた。
「彼女が俺に好意を抱くなんて、そんなコトにはならないよ」
まるで呪文のように、自分に言い聞かせるように繰り返した。
「そんなコトには、ならないさ」
言い聞かせる。自分が、二度と道を踏み外してしまわないように。自分を護る為に。
「わかる。俺にはわかる」
半ば決め付けるかのような相手の言葉に、美鶴は憤然と言い返す。
「わかりません。霞流さんは私の事なんて何もわかっていない」
「わかっている」
何かに取り憑かれたかのように虚ろな瞳で繰り返す。
「わかっている。例えば、お前は俺の事を好きだと思い込んでいる」
「思い込みなんかじゃありません。決め付けないでください」
「ならば、証明してみろ」
言われ、言葉に詰まる美鶴に畳みかける。
「俺の事を本当に想っていると、証明してみろ」
「しょ、証明って」
どうやって?
咄嗟に思いつくことのできない美鶴。
「何だ? 口だけか?」
言い返せずに狼狽える相手。慎二は優越的に口元を歪める。
「口だけなら誰にでも言える」
「言えませんっ!」
何かが一気に競りあがった。
あれだけ勇気を振り絞って伝えた言葉を、口先だけだなどとは言われたくない。
言われたくない。そうだ、そんなふうに決め付けられたくはない。
好きです。
その想いを認めるのに、自分がどれだけ苦労したと思う。押し込めようとしてもできなかった、結局は溢れるように伝えてしまった想いを、たかが思い込みだなどと、なぜ決め付けるのだ。あれだけ悩んだ想いが、なぜ口先だけの想いだとわかる。
「思い込みなんかじゃない」
許せなくて、これだけはどうしても許せなくて美鶴は言った。
「思い込みなんかじゃない」
「思い込みでなければ、幻想だ。単なる夢だ。蜃気楼だよ」
「幻想でもない。私は本当に霞流さんの事が好きなんだ」
「好きだなどという感情は、この世には存在しない。恋心なんて、くだらない妄想だ。錯覚だよ」
「錯覚じゃない。ちゃんとこの世に存在する。霞流さんだって、桐井って人の事が好きだったんでしょう?」
「あれも錯覚だ。誤解だ。間違いだ」
思い出すだけでも忌々しい。
「俺は愛華の事など、好きでもなんでもなかった」
好きだなどと言ってしまった言葉自体を、消してしまいたい。
「俺は誰も好きになった事はない。好きになられた事もない」
「でも私は好きです」
「嘘だ」
「本当です」
「じゃあ、見せてみろ」
低く嗤う。
「本物の恋とやらを、この俺に見せてみろ」
卑猥に見下したその瞳とぶつかった瞬間、美鶴の何かが弾けとんだ。
「いいですともっ!」
えぇぇぇぇっ!
驚きに目を丸くするもう一人の自分。その存在を跳ね飛ばすかのように、美鶴は精一杯に胸を張る。その胸の内に、何かが滾る。
「見せてみせますよ。認めさせてみせるっ」
え? どうやって?
「無理をするな。強がりもほどほどにしておけ」
「強がりだと思います?」
100%強がりでしょ。
「ハッタリだと思います?」
間違いなくハッタリでしょ。
「女の恋心をナメないでくださいよ」
挑むように睨みあげる。
そうだ。これは挑戦だ。無謀な挑戦だ。確実な手の内や奥の手なんてありもしない、向こう見ずな暴走だ。
だけど引けない。もう引けない。
「何がなんでも証明してみせます。力づくでも認めさせてみせる」
自分でもわからない気持ちを、どう証明するのだ。だいたい今日は、嫌いだと宣告されてこっぴどくフラれて、そしてキッパリと諦めるつもりで来たんじゃないの? それがどうしてこういう展開になるワケよっ!
揺らぐ胸の内を隠すかのように、美鶴は両の拳を握りしめる。
「覚悟してくださいよ」
「おもしろい」
下劣に笑う。
「今度はもう少し、楽しませてくれよ」
薄色の髪が楽しげに跳ねる。腰に手を当てる姿が実に優雅で、それはまるで高貴な品の良い王子様風情。
王子様? 冗談じゃない。これは狐だ。人を弄ぶ質の悪い魔物。でなければ妖。
魔物。
自分の中にも不気味な異物が存在する。それは緑色で不定形でも、それもまた魔物のようだ。そのような存在を胸の内に抱えたままで、自分は目の前の優美な存在に立ち向かう事ができるのだろうか?
だが、今さらもう引き返す事はできない。
不安定な心内を察するかのように、妖は艶を纏って気怠く笑う。まるで相手を弄ぶかのようだ。
そうだ。美鶴は翻弄されている。表と裏の霞流に。
彼は言った。自分は都合の良いジョーカーみたいなものだと。
「ジョーカー」
時と場合に合わせてコロコロと姿を変え、相手を翻弄し自分を隠し、そうして弄んで楽しむジョーカー。
「だったら」
美鶴は大きく息を吸う。
「自分の事をジョーカーだと言うのなら」
全身の震えを隠すかのように、ビッと右腕を伸ばし、ピタリと慎二を指差した。
「私はそのジョーカーを、ハートのエースに変えてみせますっ!」
------------ 第12章 マジカル王子様 [ 完 ] ------------
|